千葉県柏市 栄町町会

周囲 2.23km 面積 8.46ha 450世帯(2018/4/1調べ)

2019/05/11
ふるさと協議会定期総会開催!
 柏市や柏市社会福祉協議会、第三小と豊小からは校長及び教頭先生を来賓に迎え令和元年度の冨里地域ふるさと協議会定期総会が開催されました。当町会の小池会長が議事進行役を務め、議題はすべて承認されました。午後からは柏市防犯協会冨里支部の総会も行われました。

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2018/08/01
どんぐり127号 掲載記事
 栄町町会の集会所の1階には、町会の氏神様として金刀比羅神社のお社が鎮座してます。この神様は、昭和期以前は、中村忠三郎の所有地(現在の柏3丁目1-1、旧水戸街道と県道市川柏線の角地)に祀られていた小さな塚と祠ですが、昭和元年の県道新設に際し中村氏の所有地425坪を道路用地として寄贈されたため、塚もなくなり祠が他へ移し置かれました。
 新県道の完成に伴い、沿道に近隣の商店が次々と移転開業し商店街として栄え、周辺の住宅地も含めて栄町町会が誕生しましたが、この頃、町内に次々と不幸なことが重ねて起こり、町会の一大心痛事となりました。そこで、町会有志が祠のことに思い至り、そのお祀り方に神様がご立腹されたのが原因ではないかとの事で、中村忠三郎氏所有の現在地・約17.6坪を栄町町会に寄贈していただき、金刀比羅神社のお社を設け、ご神体をお祀り致しました。
 この時より、毎年4月10日を金刀比羅神社祭礼日とし、栄町町会の氏神様として町会全員が崇拝して参り、今日に至っています。その後は、全く町内に不幸な事がなくなり、明るく和気に満ち近隣交流が盛んで、また、商店は益々繁昌することとなり、活気に満ちた地域になりました。 また、昭和期の世界大戦の際には、町内の出征兵士は金刀比羅神社に祈願してから出征しましたが、町内には一人も戦病死者がなく無事に帰還しました。
 戦前に、町会有志の主催で東京大相撲の男女の川部屋の一行を迎え、興行の成功を祈願いたしましたところ、前日迄の悪天候が当日は稀に見る晴天となり、大入り満員で、損を見越した興行収支が5割もの配当となり、関係者は大喜びでした。又、昭和38年冬から43年夏までの間に氏神様の近くで、3軒の火災が発生しましたが、火元の家のみで近隣への類焼は全くなく鎮火しました。この様な事柄が、氏神様の御加護の賜ものとして町内で語り継がれています。
 栄町町会では毎年、4月の祭礼神事と、大晦日夜から元旦の元旦祭神事を町会の恒例行事としています。町会行事における氏神様の神事は、町会員の融和と結束のための「要」となる行事として、町会員総出で大切に執り行っています。(会長 小池守)

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2017/6/1
どんぐり120号 掲載文
 「栄町町会」の誕生は昭和の初期ですが、もともとは、昭和2年に現在の県道市川柏線(51号線)が新県道として新設開通して、周辺地域より沿道に移転開業した商店街の商店会でした。やがて商店街の繁栄に伴い、さらに外周部の商店街と住宅街を含めた地域の親睦会として「栄町町会」が生まれ、育ち、戦前から戦後を経て現在までの長い歴史を持つに至ってます。
 「栄町町会」のエリアは富里地域7町会の東北端に位置し、南は柏三小の東門から、三小通り(レイソル通り)と県道市川柏線に沿って、北は柏駅南口の「Day One タワー」(「パレット柏」が入居)の東隣まで、南北方向に細長い地域です。町会加入戸数は約450戸で、住宅、商店、飲食店、企業事務所、金融機関など多様な居住構成となっています。住宅は殆どが戸建て住宅で集合住宅は少なく、祖父母の代から長く住み続け、二世代・三世代住宅も多数あり、日常的な近所付き合いのある地域です。
 町会集会所は三小通りの中程で、集会所の1階には町会の氏神様として金刀比羅神社のお社をお奉りしてあります。町会の定例行事として、町会氏神様の金刀比羅神社と地域の氏神様の香取神社の神事を行っており、町会以外の周辺近隣の多数の方々からも祭事へのご協力を頂いてます。
 町会活動は、「町会員相互の親睦を図り、お互いの理解を深める」ことを基本方針とし、町会行事における氏神様への神事は、町会員の融和と結束のための「要」となる行事として大切に執り行ってます。富里地域の皆様の、町会集会所での、大晦日から元旦の元旦祭・4月の金刀比羅神社祭礼・7月の香取神社祭礼へのお越しを栄町町会は大いに歓迎いたします。

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